顎変形症に対する外科的矯正手術(2)

中北信昭総院長

前ページでは、「顔面輪郭形成術」と「外科的矯正手術」の違いを解説するとともに、美容外科医と口腔外科医が連携をして、骨切り手術を行った女性の症例を紹介しました。続いて当ページでは、男性の症例をご紹介いたします。

症例

この男性は噛み合わせのずれと下顎の肥大、非対称の改善を希望されていました。歯科矯正医と口腔外科医、形成外科・美容外科医によるチーム医療により、術前歯科矯正の後、下顎骨の矢状分割骨切り術と右側の輪郭形成術(下顎骨体部前面・下縁骨切除)を行いました。

◎20代男性

下顎手術の症例写真
下顎手術の症例写真
下顎手術の症例写真
下顎手術の症例写真
下顎手術の症例写真

【施術名】下顎骨矢状分割骨切り術(SSRO)+右側下顎下縁切除
【担当医】中北信昭
【料金】2,640,000円(税込)
【概要やリスク】こちらをご覧ください


実施した手術

下顎矢状分割骨切り術(SSRO) + 右下顎骨下縁切除
矢状分割骨切りでは左右の骨切り位置を工夫し、右顎角の縮小をは図りつつ、より対称となるよう配慮している。


術前準備

このような症例では、下顎骨を移動しただけでは輪郭の対称性は得られないため、骨が突出した部分を削るまたは切り落とす必要があります。取り除くべき骨の量や範囲は、目分量では極めて不正確であり、通常のレントゲン上でも正確な把握は困難です。

さらに下顎骨の内部には下歯槽神経という感覚神経が通っており、下顎骨の特に下縁を不正確に切ると神経を切断してしまうリスクが高いのです。この神経は下唇やおとがいの皮膚、歯肉の知覚を感じる感覚神経で、損傷すると感覚麻痺が起こります。
※下顎骨の輪郭形成手術ではこの神経に間接的な負担がかかるので、術後ある程度の知覚障害は起こりますが、通常は数ヶ月で回復します。しかし骨の中で神経を直接損傷してしまうと知覚麻痺が永久に残ってしまう可能性が高くなります。

そこで私たちは正確で安全な輪郭形成術を実施するために、特別な術前準備を行っています。

まずCTを撮影し、そのCTのデータから骨の実体モデル(患者様と全く同じ骨格のモデル)を作製します。その際、本来骨の外側からは見えない下歯槽神経を、CTデータを基にモデルの表面に描出することができます。これによって神経を損傷しない骨切り線の正確なデザインが可能となります。また、可能な限り対称性を得るための骨切除範囲を、三次元的にデザインすることもできます。

ただし実際の手術では遙かに視野が狭く、モデル上のデザイン通りに骨切りを行うのは困難です。そこでデザインに合わせた型(テンプレート)を作製しておき、これを実際の手術の際に患者様の骨にあてがうことで予定骨切り線を明示することができます。

このような術前準備は保険診療では対応しておらず、一般的な口腔外科領域では行われていないと思われます。また、緻密なデザインができても、実際の手術では口腔内から正確に下顎骨下縁の骨切りを行うには熟練を要し、骨格手術に対する専門性の高い一部の美容外科でなければ成し得ない技術です。

①② CTを基に作製した実体モデル。下歯槽神経が描出されている(黄色)。神経を回避しながら左右対称性を得るための骨切除範囲をデザインした(ピンク)
③ 骨切除デザインに合わせて樹脂で作製した型(テンプレート)
④ テンプレートを実体モデルに装着したところ


顎変形症の診断(治療方針を確定するまでの流れ)

当院初診時にまずお顔と口腔内を拝見し、視診上明らかに輪郭形成術の適応があり、噛み合わせや顎の位置には何ら問題が無いと判断した場合には、早速輪郭形成手術に向けた準備に入ります。

もし輪郭形成術では不十分と考えられる場合には、上顎および下顎の位置関係や咬合状態を客観的に評価・分析するために、私達と連携していて外科矯正手術に精通している矯正歯科を紹介し、そちらで検査を受けて頂きます。

検査では特殊なレントゲン撮影(顔面規格撮影)、咬合模型の採取などを行い、顎の骨切り移動手術の適応があるかどうかを検討します。その結果、咬合の改善に加えて外見の改善には顎骨の移動が望ましいと判断されれば、手術に向けた術前矯正に入ります。


術前および術後歯列矯正

上顎骨や下顎骨全体、または一部を骨切りして移動すると、現在の咬合が変化して不安定となり、全く咬み合わなくなって下顎の位置が定まらなくなってしまうこともあります。

したがって、顎の骨切り手術を計画する場合は、手術で顎を移動した時点で安定した咬合が得られるよう、通常は術前歯列矯正を行います。過去に矯正を受けていた場合には矯正をやり直すことになります。

また、術後もさらに安定した咬合が得られるまで、矯正を継続する必要があります。

ただし、咬合には全く問題が無く、下顔面の非対称の改善を目的とするなど、咬合を変えずに上顎・下顎を一体として位置移動する場合には術前術後の歯列矯正は全く必要ありません。


サージェリーファースト(手術優先)の考え方

前述のように、通常は顎の骨切り移動術を行うと咬み合わせが今以上に悪くなったり不安定になるため、顎を移動した時にしっかり咬み合うようにするための術前矯正が必要です。

しかしこれには半年〜1年程度の期間がかかり、また術前矯正が進むにつれて外見はむしろ悪化することが多いので、1日も早く外見を改善したい患者様にとってはしばらくの間我慢を強いられることになります。

そこで最近では術前矯正を省くか最短最小限として、手術を先に行い、咬合は術後矯正で治していくという手段をとることもあります。術前矯正が十分にできている状態に比べて手術が難しい場合もあり、全ての患者様に適応となるわけではありません。

矯正医と十分検討する必要がありますが、ご希望の方はお申し出下さい。


代表的な外科的矯正手術の種類と適応となる疾患

外科的矯正手術とは、歯の噛み合わせ、または咬合平面の傾きを修正すると同時に外見(輪郭)を改善する目的で行う骨切り術を指し、対象は上顎骨と下顎骨です。

◎ 下顎枝矢状分割骨切り術 SSRO (Saggital Splitting Ramus Osteotomy)

下顎枝とは、下顎体後方部(顎角部-いわゆるえら)から上後方に延びた板状部を指し、これを矢状方向(体を左右に分ける方向)に分割する方法。下歯槽神経を内側の骨内に温存して下顎骨を分離し、歯列骨片を前方または後方に移動する。移動後に切り離した骨どおしをチタン製のプレートとスクリューで固定する。

適応:下顎前突、小下顎症、下顎非対称 など

※下顎前突では歯列骨片を後方移動(セットバック)、小下顎症では前方移動、非対称では横方向への移動や前頭面での回転などを行う。


◎ 上顎 Le Fort(ルフォー) Ⅰ型骨切り術

ルフォー型は上顎骨の代表的な骨切り術でⅠ、Ⅱ、Ⅲ型があります。Ⅱ、Ⅲ型はより頭側で行う骨切りで、高度な先天異常や外傷後の変形などに適応され、通常美容外科で行われるのはⅠ型。図のような高さで上顎骨を切り離し、鼻中隔も離断して歯列骨片を移動する。移動後にチタン製のプレートとスクリューで固定する。

適応:上顎後退症(中顔面の陥凹)、ガミースマイル、顔面非対称 など

※上顎後退症では前方移動、ガミースマイルでは上方移動、非対称では前頭面での回転を行う。


本法で上顎骨を特に前方または上方に移動すると、鼻が押し上げられて鼻翼が広がってしまうことがあります。このような変形をできるだけ回避するため、移動によって突出する骨の部分や鼻腔底の骨を削るなどの対策を講じます。


◎ 上顎前方部分節骨切り術 上顎ASO (Maxillary Anterior Segmantal Osteotomy)

通常は両側の第一小臼歯(4番)を抜歯し、その根部の歯槽骨を切除、梨状口に向かう骨切りと鼻中隔基部の離断、および口蓋骨の骨切除と骨切りを行って上顎前方骨片を後方へ移動する方法。移動後はチタン製のプレートとスクリューで固定する。

適応:臼歯部の咬合に問題が無く、上顎の骨格性前突がある場合(歯性前突の場合は、通常矯正治療のみの適応)
前歯部開咬合症(この場合は骨片を下方移動する)

◎ 下顎前方部分節骨切り術 下顎ASO (Mandibular Anterior Segmantal Osteotomy、Köle法とも呼ばれる)

通常は両側の第一小臼歯(4番)を抜歯し、その根部の歯槽骨を切除、オトガイ部を水平骨切りして下顎前歯部歯槽骨部を後方へ移動する方法。移動後はチタン製のプレートとスクリューで固定する。

適応:下顎前歯歯槽骨部の前方傾斜、下顎前突でもオトガイが比較的後方にある場合、上顎のASOに伴って必要な場合

アングルの分類について

不正咬合の分類で、上下の第一大臼歯の咬合関係をみて、上顎と下顎の位置関係(上顎前突か下顎前突かなど)を簡単に判定できます。Ⅰ級Ⅱ級Ⅲ級があり、簡潔に言えばⅠ級が正常、Ⅱ級は上顎前突、Ⅲ級は下顎前突ということになります。

あくまでも第一大臼歯の前後的位置関係だけをみているので、これのみで顎変型症の診断や手術術式の決定はできませんが、重要な判断材料になります。

◎ アングルの分類

上下の第一大臼歯(6番)の近遠心的な位置関係による分類
(近心は前歯に近づく方向、遠心は遠ざかる方向を指す)

例えば、前歯の反対咬合があっても臼歯の咬合がアングル1級または2級の場合、基本的には下顎骨全体を後方移動する必要はなく、前歯部歯槽骨分節骨切り術かあるいは矯正治療のみで対応します。 アングル3級の場合は、下顎骨の体部(歯列弓骨片)全体を後退させる手術(通常は下顎枝矢状分割骨切り術 SSRO;Sagital Splitting Ramus Osteotomy の略)が第一選択となります。


最後に

以上のように、顎変形症は正確な診断と、診断に基づく手術術式の決定が、大切なポイントとなってきます。

自由が丘クリニックでは、美容外科(形成外科)、歯科口腔外科、矯正歯科がチームを組んで、輪郭や口元のお悩みに対してまず各専門の立場からの診断・評価を行い、実際の手術、術後のケアに至るまで常に一丸となって取り組んでおります。

形成外科・美容外科 / 総院長 / 医学博士
中北 信昭
顎変形症でお悩みの方は、一度カウンセリングにお越しください。




執筆ドクター

中北信昭

形成外科・美容外科/総院長/医学博士/日本美容外科学会専門医(JSAPS)

美容外科手術全般を担当しているが、大学病院などでの小児先天異常や顎変形症の豊富な手術経験を生かし、鼻の美容手術と、顔面骨格形成手術を最も得意としている。
『VOGUE JAPAN』の「名医が受けたい名医」特集では、外科医が選んだ手術部門第1位に選ばれた経歴を持つ。
→プロフィールページはこちら



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